明け方

できるだけ早く起きて朝やけをみる

2024.1.19

ふと2年前に自分が書いた日記を読み返すと、きちんとしんどくなってしまった。書いた当時はそこまで自覚はなかったかもしれないが、今読むとウッとなってしまうものが多い。それだけ今が安定しているからなのか。今だって悩みがないわけではない。仕事も楽しくないし、そもそも社会生活が苦手だ。役職を得るための試験を受けたが見事に不合格で、まだ来年の受験へのモチベーションが上がってこない。この試験さえなければなんとなく日常で抱えているストレスの5割くらいは消え去る気がする。ただ、落ち続けると、この気持ちとずっと付き合っていくことになるので、なんとかしゃかりきに頑張らねばなるまい。家庭のことでは、去年の春から不妊治療を始めたが、それは年末から一時中断している。全く出口の見えない辛い妊活に心が折れそうになったことが何度もあった。今年の春から再開予定ではあるが、うまくいくのか不安ばかりだ。それなのに、子どもは持ちたいという気持ちはどんどん増すばかりだ。親に注がれた愛情を、妻と子に注いで生きていきたい。親になってみたい。妻と子育てをしてかけがえのない時間を共有したいし、人間として一緒に成長してきたい。しかしこればかりは自分より妻が圧倒的に過重になってしまうことを思うと、無責任にこのまま継続しようと一方的に言うことはできない。もちろん治療にかかる経済的な不安もある。でも、きっとうまくいくと信じてる。

話は戻り、2〜3年前よりは圧倒的に精神状態が良い気がする。過去の日記を読んでも、こう書いているけどこの時こんな不安があったなとか、常に大きな影が見えてしまう。生きていくのはそれだけ大変だけど、その度に向き合ったり適度に逃げたりしながらなんとかやってきたんだなと実感する。一緒に歩んできてくれた妻にはたくさん感謝している。人間、不安や悩みがない時期があっても良い気がする。自分以外の人はどうなのだろうか。特段今はないかな〜という人はぜひそれがどんな心境なのか教えてもらいたい。なんだか急に漠然と振り返ったりして遺書のようになってしまったけど、妻が誕生日に振る舞ってくれるという豪華な生ちらし寿司も腹いっぱい食べるのがめちゃくちゃ楽しみだ。

毎朝よるカフェでいつものようにコーヒーを頼むと、初めてカップに「Have a good day!」という文字と雪だるまが描かれていた。